『特命全権大使 米欧回覧実記』(久米邦武編著 大久保喬樹訳注:角川ソフィア文庫)を読みました。
岩倉使節団は、岩倉具視を特命全権大使として津田梅子などの留学生を含め総勢107名からなる一行が明治4年(1871年)11月から明治6年(1873年)9月までの約1年10ヶ月にわたり、欧米12ヶ国を歴訪した明治政府の外交使節団です。 その目的は、不平等条約の改正交渉予備交渉・欧米諸国の制度・文物の調査研究・新政府発足後の国際的な挨拶としてでした。
使節団は、横浜から太平洋を24日間掛けて12月6日サンフランシスコ着。その後1872年8月には英国 12月からは欧州各国(仏・独・蘭・露・伊・スイス・ベルギー・デンマーク他)7月帰国の途 9月13日横浜帰着と言う行程でした。
著者の久米邦武は1839年佐賀藩藩医の家に生まれ、幼い頃から学問に秀で、特に漢学や国学を深く学びました。明治維新(1868年)後は明治政府に出仕し、上記の一行に書記として随行しました。
回覧実記の記録・記述内容は、訪問国の工業・農業・商業・貿易・都市に関して、それぞれの背景・環境(政府や住民の考え方・気候・地理的状況)と経過と現状・関連の人口・面積・取扱量等を数値中心に記録した後、今後の日本に向けて(想定も含む日本との比較も)冷静に緻密に記録して居ます。
それら視察記録・記述の中で久米邦武の人柄を、より感じましたのが、以下のストックホルム小学校見学です。人間が持つ欲求・行動と教育(科目)の相関を以下の様にまとめています。
西洋の小学校普通教育は、どれも平易で身近な内容で、男女や身分の分け隔てなく生命を維持し、人生の喜びを享受するために必要不可欠な事柄に絞って教えるだけである。
人は生まれれば必ず言葉を使うと言う本能が備わっているのであり、その国の言葉を教えるそれが国語学である。言葉を覚えるにつれてそれを書く術を教えてやる。これを文法学という。文字は意味を伝えるが物の姿を書くことは出来ない。文章で書き尽くせないモノは図画を学ばせる。数より大きな人生の宝は無いそこで数学を授ける。生まれた国の次第を知るために国史を教授する。万国と行き来するため地理を教授する。人は空気の中に住み、万物を利用しているその理を知るためにも一般理学を学ぶ。歌を唄い心をのびのびさせるのは人間性の自然であるので唱歌も授けない訳にはいかない。
これら八つの科目はいずれも人として心得無くてはならない また習得したいと欲するモノである。
この道理に従って教育方針を定め、倦まず弛まず喜んで課業に励むようにさせるのが教育の本来の趣旨で有る。(一部要約)
その後、久米邦武は全百巻の「特命全権大使欧米回覧実記」をまとめ1888年に東京大学の教授となりますが「神道ハ祭天ノ古俗」筆禍事件を起こして辞任しました。天皇主権の明治時代においても理性的なのはさすがと感じました。
(酒井慶隆)
※紙媒体のパンフレットにおいて、「埋め草リレー13」と記載しましたが、正しくは「埋め草リレー12」です。訂正してお詫び申し上げます。
